Writingsコラム

兵庫県・灘の酒

大関、菊正宗、白鶴、剣菱、沢の鶴など、日本酒のことをよく知らなくても、その名を見聞きしたことがある有名酒造所が集まっているのが、兵庫県神戸〜西宮市にある「灘五郷(なだごごう)」。日本酒好きには聖地とも呼ばれるエリアで、ここの地での日本酒生産量は国内一です。灘の酒とは、どんな酒なのでしょうか。

灘五郷は、南は大阪湾から北の六甲山地に沿って、東西12kmの範囲内に集まる5つの郷、西(にし)郷、御影(みかげ)郷、魚崎(うおざき)郷、西宮(にしのみや)郷、今津(いまづ)郷の総称です。この地域に14世紀(室町時代)から酒蔵が生まれだし、17世紀(江戸時代中期)に今でも名高い酒蔵が次々に誕生しました。

灘の酒造所の発展に大きく貢献したのが「宮水」の発見です。1940年代の中頃、櫻政宗の6代目が、当時所有していた神戸の魚崎と西宮の蔵を比べると、西宮の方がいい酒ができることに気づきました。作り手である蔵人を入れ替えたり、酒米を同じにしたりと、実験を繰り返しました。最終的に水を入れ替えてみたところ、魚崎でも同じ酒ができたことから、水がポイントであると判明したのです。

それに加え、六甲山から流れてくる急流を利用した水車も、酒造りの大量生産化に欠かせない要素でした。そうした条件が整っている灘に、兵庫津や大阪に良質の酒米が集まり、精米されて醸造された酒は、西宮から出発する樽廻船に積み込まれ、江戸に輸送されました。海上輸送は陸路よりも大量に運ぶことができる上、樽の杉の香りが酒に移って熟成されることで、より芳醇なものとなりました。江戸後期には、灘の酒は需要の8割を供給したと言われています。

灘の酒の特徴の一つ、高発酵でアルコール度数が高いことも有利に働きました。宮水にはリンが多く含まれ、酵母の働きが進みやすいのです。アルコール度数が高い方が運搬による劣化が少なくて済みます。発酵が進んだ酒は辛口となるので、灘の酒は男酒と言われ、江戸で人気を誇っていました。

男酒があるということは、女酒も存在します。それは京都・伏見の酒です。伏見の酒は女酒と言われるように甘口。実は灘と伏見の水はどちらも中硬水。古代、海だった場所に堆積していた貝殻からカリウムやリン、マグネシウムが溶け出している水です。甘口か辛口かの違いは、麹の種類や醸造時の発酵期間の長短によります。辛口の灘の酒でも1〜5年ほど計画的に熟成させると甘く仕上がりますが、一般家庭で開封した後、放置しておいても、劣化するだけで甘口にはなりません。

一時、人気凋落が深刻化した日本酒でしたが、今また、その魅力に目覚めた人も増えました。酒の聖地・灘五郷巡りをしてみたいという方もいるかと思います。ただ、意外に灘五郷の酒造所は場所が離れていて、観光客を受け入れていないところもあります。迷ったら、まずは「灘五郷酒所」を訪れてみてはいかがでしょうか。各郷の特徴を備えた酒が試飲でき、おつまみ小鉢もついてくるセットや、利酒などもメニューにあります。灘の酒の力強さとキレの良さを味わってみてください。

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