Writingsコラム
スイスとスタートアップ企業

スイスを代表する企業といえば、顧客の機密情報を漏らさない金融業や、ロレックスやパティックフィリップなど高級時計ブランドを思い浮かべる人が多いかもしれません。でも実はロボットなどの産業オートメーションやAI分野を中心に、次々とスタートアップ企業が生まれているということをご存知でしょうか。
スイスの国土は日本の九州とほぼ同じで、人口は880万人。小さいながらも、1人あたりの国内総生産(GDP)は2024年で世界第3位と豊かな国です。スイスを代表するグローバル企業といえば、食品のネスレや医薬品のノバルティスなど多数あります。スイスに拠点を置くグローバル企業は多く、日本のJTや日産も本拠地を置いています。名だたる企業がスイスに集まる理由は、ヨーロッパ圏内で比較的法人税が低く、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語と4つの言語が公用語とされているため、グローバルな人材が集まりやすいからです。
設立10年以内のベンチャーで、評価額が10億ドル以上の非上場企業をユニコーン企業と言います。アメリカや中国がメインだという印象を抱いているでしょうが、意外なことにスイスはスウェーデンと並び、人口100万人あたり3社とヨーロッパ最多。起業のしやすさを数値化した企業環境指数でもスイスはトップです。
こうした人材はドイツ語圏にあるチューリッヒ工科大学、フランス語圏のローザンヌ工科大学から輩出され、次々に起業しています。研究機関の国際性や研究の質をランクづけしたタイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)の2023年度のランキングでは、チューリッヒ工科大学が11位、ローザンヌ工科大学が49位、他2校、計4校がトップ100入りしています。ちなみに日本でトップ100入りしているのはスイスの半分の2校で、順位は東京大学39位、京都大学68位です。
スイスの教育・研究・イノベーション庁は産学連携を推進し、大学も研究プロジェクトを後押ししています。特にチューリッヒ工科大学は年平均25社というスタートアップ企業を輩出。そして近年、世界的に競争が激しくなっている量子技術の開発にも力を入れています。この量子技術の分野でも2008年からベンチャー企業が発足していたというから驚きです。
大企業との連携も、さまざまな形で進められているようです。例えばノバルティスでは研究室やワーキングスペースの賃貸料は格安。スタートアップ企業にとって、インフラがあらかじめ整った状況が低コストで享受できるメリットは思っている以上に大きいものです。量子技術では大学は基礎研究を行い、スイスに研究所があるIBMやマイクロソフトと共同研究に取り組み、有望な技術には投資していったりと、産学間の距離がかなり近いようです。
テック産業だけではなく、豊かな自然環境を守る二酸化炭素排出量削減のための物流プロジェクトや、健康志向の高さから代替肉のベンチャーなど、スイスのスタートアップ企業は、その多様さと目の付け所の良さから世界中からの投資額も増えています。規模の大小に関わらず、日本との共同事業もあるようですから、いつの間にかスイスと繋がっていたりするかもしれません。