Writingsコラム
感覚に訴えるセンサリーマーケティング

カレーや焼き鳥などの匂いを嗅ぐと、食欲が刺激されるせいか、無性に食べたくなります。嗅覚を刺激して商品を売る手法は、昔からあるセンサリーマーケティングの一つです。商店街や百貨店に流れる軽快なB.G.Mに乗せられて、つい買いすぎたという体験をした人もいるでしょう。このように嗅覚や聴覚など、五感を刺激して売り上げを伸ばすのがセンサリ―マーケティングですが、どのように進化しているのでしょうか。
青山学院大学の石井裕明准教授によると、モノに囲まれすぎた現代人は一つ一つの商品の購入に入念に時間をかけることができず、結果的にこれまで以上に「なんとなく」、直感的に意思決定をしているのだとか。年々、情報量は膨大な量に達しているため、消費者は移り気になり、「なんとなく消費」は増加傾向。そうした「なんとなく」という気分にアプローチできるのがセンサリーマーケティングだとしています。
ブランドの価値を確立させ、より高めるためにも、センサリーマーケティングは使われます。高級車のシートには手触りのいい皮が使われ、座り心地やタッチパネルの感触なども研究し続けられています。高級ホテルや美容サロンでは、良い香りや開放感のある内装で、滞在時間と空間をよりよく印象づけています。人は機能性や合理性だけ判断するのではなく、心地よい体験も無意識のうちに判断の基準に含めているためです。
こうした消費者の気持ちを心地よく刺激していけば、購買行動につながるのではないかという試みが次々になされています。例えばホームセンターのハンズマンでは、DIYの楽しさと温かみを伝えるため、木材とワックスの匂いを強調し、記憶に残りやすいオリジナルテーマソングを流しています。あえて売れ筋を外したスタッフこだわりの商品を置くなど、人のぬくもりを感じさせてくれる体験を提供しています。
B.G.M.に関しては、クラシック音楽を流すとワインなどの高級品が売れる、高い音の音楽を流すと健康的な食品が選ばれ、低い音だとあまり健康的ではないチョコチップクッキーが買われる等の実験結果が出ています。有線放送サービスのUSENは、どんな音が人の決断を促すのかという研究を、早稲田大学と「閉店音楽は何がベストか」などのユニークなテーマを設定して行っています。きっかけは、閉店の音楽である「蛍の光」は外国人客に意図が伝わらなかったからとか。他にも音楽が人に与える影響をさまざまな角度で調査しています。
サイバーエージェントは大阪大学と共に、商品が自ら動いてアピールする自己推薦ロボットの実証実験を行なっています。2023年夏に行われた実験では、有名声優がレトルトカレーの声を担当したことでも話題になりました。店舗での食品や雑貨の販促はPOPや試食などが定番でしたが、今後、TVショッピングのようなエンタメ型の販促も加わっていくのかもしれません。
将来的にセンサリーマーケティングは、より使いやすくなった拡張現実(AR)や仮想現実(VR)を活用した体験、人工知能(AI)による顧客体験のパーソナライゼーションなどが取り入れられていくに違いありませんから、どんなものが出てくるか楽しみです。