Writingsコラム
人工血液、実現へ踏み出す

2024年7月、奈良県医科大学の研究チームが、人工赤血球製剤の実用化を目指しての臨床実験を開始するというニュースがありました。人工血液は1960年代から研究されていたようですが、なぜ必要なのか、どんな手法で作られるのか、概略を知っていきましょう。
血液は体内に酸素を運ぶ赤血球、侵入してきたウィルスなどを排除する白血球、止血作用のある血小板といった有形成分と、血漿(けっしょう)という液体成分で構成されています。献血された血液は、成分ごとに血液製剤として分離され、保管されます。中でも重要と言われているのが赤血球と血小板ですが、有効期限は赤血球が28日、血小板はわずか4日です。
奈良医科大学のチームが開発したのは赤血球の人工製剤です。これは室温で2年、低温で最長6年間保管することができます。原料は日本赤十字社から廃棄される予定の献血で、赤血球を洗浄・破壊して内部のヘモグロビンを回収し、4種類の脂質の膜で包み込んでカプセル化したものです。
ご存知のように、輸血は同じ血液型の血液ではないと行うことができません。しかし、この人工赤血球製剤は血液型を選ぶことなく、感染症のリスクもありません。廃棄されてしまう貴重な献血を無駄にすることがないというメリットもあります。現在、ごく少量人体に投与して、目立った副作用が見受けられないことから、2026年度まで徐々に投与量を増やして有効性を確認していく予定だそうです。
血小板の方は、防衛医科大学の研究チームが「止血ナノ粒子」の作成に成功しています。こちらの保存期間は常温で1〜2年ほど。血液を使わない製法で、出血部分にナノ粒子を投与することで、血小板が活性化して効率よく血栓を作っていくという仕組みです。動物実験が終了し、人への投与の準備段階のようです。
iPS細胞を使った血小板製剤の開発も進んでいます。2011年創業の京都のベンチャー企業メガリオンは、iPS細胞からできた血小板を不活性化し、長期保存を可能にした製剤を手がけています。どんな血液型でも拒絶反応を起こさないO型rh(−)から着手し、量産していく方針だそうです。
実はこうした人工血液は、戦場での需要があるため、アメリカ国防総省は2023年から自国での開発に着手しています。以前、メガリオンは出資者に困っており、その時に興味を示したのがアメリカ国防総省だけだったとインタビューに答えています。しかし知的所有権が全て米国のものとなるため、断ったとか。その後、メガリオンは資金援助を産業改革機構に頼り、危機を乗り越え、2017年から大塚製薬や京都製作所、日産化学工業やススメックスなどの異業種連合からなるコンソーシアムを組んでいるようです。なお、人工血液の研究は世界各国で行われていますが、日本の研究はリードしている国の一つとなっています。
人工血液は戦場だけではなく、災害時や大規模事故、輸血システムが弱い発展途上の国々で必要とされています。早期の実用化で、多くの人々の命が救える世界になることを願わずにはいられません。