Writingsコラム

富士山と静岡の伝説

静岡を代表する名所の一つが美保の松原。富士山を望む浜辺に舞い降りた天女が、松に羽衣をかけて水浴びをしていたところ、漁師の男が羽衣を隠してしまったという羽衣伝説が伝わっています。各地にある羽衣伝説は、漁師が羽衣を隠してしまうのですが、三保の松原の伝説は、天女の舞が終わったらすぐに漁師が衣を返してくれるという、地上に留め置かれた天女の恨みがないパターン。この三保の松原の伝説をもとに能「羽衣」が作られ、その明るい展開が人々を魅了し、人気の演目となっています。

日本最古の物語と言われる「竹取物語」のラストでは、かぐや姫は月に帰ってしまうのですが、富士市に伝わる伝説では少し違います。かぐや姫は富士山に登り、道中、忽然と消えてしまうのです。いずれにしても天からやってきた美女が、富士山に近い場所に現れて伝説を残すということは、昔から富士山が特別な場所だったからでしょう。

「竹取物語」では、月に帰ってしまったかぐや姫は、帝との交流の御礼として不老不死の薬を渡しますが、「かぐや姫がいないならば、そんなものは無意味だ」と、帝は臣下に命じて富士山の山頂で薬を焼かせてしまいます。その際、たくさんの兵士が山に登った(士に富む)ため、富士山と名付けられたと記されています。後に不死の薬を焼いた山だから「不死山」と表記されるようになったとか。ちなみに「万葉集」には「不尽」とあり、絶えず噴煙を上げていたことから、この字が採用されたようです。

「古事記」や「日本書紀」などが伝える神話の世界では、富士山はコノハナサクヤヒメという美女とされます。彼女は天照大神の孫ニニギノミコトと結婚しますが、結婚の際、姉イワナガヒメと姉妹一緒に娶ってもらうように父親が要請していました。ですが、ニニギノミコトは「美しくない」という理由で姉を追い返してしまいます。残念なことに、イワナガヒメも娶っていれば子供たちに永遠の命が保障されていたのに、コノハナサクヤヒメだけを妻としたため、人としての寿命が設定されてしまいました、ということになっています。

富士山は誕生してまだ1万年ほどの若い火山で、幾度も噴火を繰り返してきました。コノハナサクヤヒメが出産するときに、夫に不貞を疑われて怒り、産屋に火をつけて無実を叫んだ後、無事に3人の子供を産んだと神話にありますが、この話は富士山の噴火を産屋の火事に見立て、コノハナサクヤヒメが産んだ3人の子供は大きな噴火の回数だと解釈されています。こうした伝説を持つコノハナサクヤヒメは周辺の神社のご神体となり、噴火を鎮めてくれる神様として信仰されました。

富士山と三保の松原を世界遺産に登録しようと働きかけた際、自然だけではなく、文学・芸能・絵画などの芸術の源泉としての価値を訴えました。伝説や神話に限っても、富士山の美しさは美女にたとえられたり、天界との通路として機能したりします。日本人が愛してやまない富士山ですが、これからも数々の芸術家の創作魂を刺激し、作品を生み出し続けるのでしょう。

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