Writingsコラム

山形・鶴岡市にある世界一のクラゲ水族館

勇猛な武将や偉い藩主の話ではなく、庶民や下級武士の悲哀を描いた小説家・藤沢周平は山形県鶴岡市の出身です。同じように華やかなイルカショーなどに頼ることなく、脇役感のあるクラゲを主役に据えた飼育展示で有名な加茂水族館が鶴岡市にあります。

加茂水族館は、1930(昭和5)年に山形県水族館として誕生しました。近隣に湯野浜(ゆのはま)温泉があったため、温泉とセットで水族館は楽しまれていました。1961(昭和36)年に鶴岡市が買い取り、鶴岡市立加茂水族館として場所を移転し、建物も新しくなりました。来客数も収支も安定していましたが、1967年(昭和42)年に鶴岡市から第三セクターへ売却され、そこから状況は悪化します。開発会社の赤字補填に水族館の利益が使われてしまったため、設備の補修や新規設備投資が後回しとなってしまったのです。開発会社は倒産し、東京の商社が事業を引き継ぎますが、構造は変わりませんでした。

老朽化した水族館に足を運ぶ人は少なく、来客数最低を記録した1997(平成9)年には10万人を切るという状況でした。1960年代中盤までは年間20万人以上の安定した来客数があったということですから、いつ潰れてもおかしくないという状況でした。

そのワースト記録を作った1997年。さまざまな企画展を行って集客を試みていた中、飼育員がサンゴ展の準備中にサカサクラゲの赤ちゃんを見つけました。このクラゲを展示してみたところ、意外なことに好評。入館者数が微増したそうです。ここから加茂水族館はクラゲに特化しようと舵を切りました。

しかしクラゲの飼育は非常に難しいのです。そもそもクラゲの寿命は短く、自然界でも1〜2年程度。個人でクラゲを飼おうとすると、だいたい数か月で死んでしまいます。1997年当時、クラゲ飼育のノウハウはほとんどありませんでした。加茂水族館は試行錯誤を繰り返し、3年後にはクラゲの展示数日本一の水族館になります。

2002(平成14)年、鶴岡市が再び水族館を買い取りましたが、自治体に資金面で頼ることはありませんでした。2003(平成15)年にはクラゲ展示数でアメリカのモントレーベイ水族館を抜いて20種類展示を達成。2012(平成24)年には30種類展示でギネス記録を作ります。現在はなんと常時60種類を展示して、世界中から「クラゲ水族館」として認知されています。

加茂水族館の成功は、これからの水族館の方向性を示しています。北海道・旭山動物園の成功から、水族館も動物の生態をよく知ることができる行動展示を踏襲してきました。しかしここではクラゲの生態を観察できる他、長い間水槽を見つめていても見飽きない美しさも追求しています。イルカショーを止める決断をした水族館や、都市型水族館の撤廃など、水族館は変化の時代を迎えています。そんな今こそ、加茂水族館の独自性を学ぶべきなのかもしれません。

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