Writingsコラム

騎士道の華、馬上槍試合

西洋の甲冑を身につけた騎士が、馬を駆り、真正面から槍で対戦する馬上槍試合を、映画などで見たことがあると思います。人馬一体となって一騎討ちを行うため、ケガや落馬などの危険に満ちた勝負です。どんな競技であるのか、詳しくみていきましょう。

馬上槍試合は、中世からルネサンス期のヨーロッパで、騎士の技量を競う軍事演習から発生した競技会である一方、模擬戦争の側面もありました。起源は古代ローマの競技場で、馬に乗った闘士が槍と剣で戦ったことからだと言われています。騎馬で戦う戦士が「騎士階級」とされた中世(11世紀頃)から行われてきましたが、死の危険を伴うため、徐々にルールが定められていきます。ルネサンス期(16世紀)には公正潔癖な騎士道精神を求められ、勝つための卑劣な攻撃は違反になります。ルールが定まると、祝祭行事として儀礼化していきます。

馬上槍試合は一騎討ちというイメージが強いものですが、団体戦もあります。2人の騎士による一騎打ち方式がジョスト、団体戦はトゥルネイ。乱戦形式の団体戦はメレと呼ばれますが、これはかなり危険なため、あまり行われていなかったようです。武器は槍だけではなく、斧、剣、短剣の4種類がありましたが、徐々に槍に特化されていきます。戦闘がルーツのため、攻撃から身を守る盾の所持は必須でした。

もう一つ、別種の団体戦があります。ブーフルトと呼ばれる試合は、武器は用いず、乗馬の技術だけを見せます。現代の馬術と違うところは、剣や槍は持ちませんが、盾は持つということです。トゥルネイに比べて安全ではあるものの、盾は持っているので、試合の行方によっては盾を武器とした乱闘騒ぎになったこともあったとか。

馬上試合は復活祭前に身を慎む40日間(四旬節)以外は年中行われていました。2週間前に告知され、腕に覚えのある騎士が集まってきます。前日には地元の有力者主催の宴会が開かれます。この前夜祭の一環でジョストが行われ、団体戦に参加する騎士の技量が示されました。

実は12世紀頃までヨーロッパの馬上槍試合は、団体戦のトゥルネイがメインでした。前夜祭で行われる個人戦ジョストからの始まり、翌日に行われる団体戦と続く一連の競技会がトーナメントと呼ばれていたのです。メイン競技である団体戦では、騎士が一列に並び、相手に向かって突進ししていきます。敵方の攻撃を避けつつ、攻撃し、落馬せずに方向転換(ターン)できることが、つまり勝負に勝つということでしたので、そこからトーナメントという言葉が生まれたのです。

メインの試合であるトゥルネイより、前座のジョストの人気が高まったのは13世紀ごろからです。が、個人戦であるがゆえにイカサマも横行し、教会の禁止令やフランス王アンリ2世のジョストでの落馬による死亡事故、費用負担の不公平による暴動などで、徐々に馬上槍試合自体が廃れていきます。

現代でもジョストは、ヨーロッパやイングランド、カナダなどでイベントとして披露されています。盾は持たず、槍のみで攻撃し合います。両端から、甲冑をつけた選手と馬が突撃していくのは昔と同じですが、動線を外れないようにロープが張られ、槍の先端が砕ける、盾や腕、胸に当てるなど、難易度によって獲得点数が決まります。もしやってみたい方は、日本で行なっている団体はないので、海外サイトを探してみてください。日本ならば、弓に特化した流鏑馬(やぶさめ)という選択肢もあります。

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