Writingsコラム

くじ引きが民主主義の機能不全を救う?

ずいぶん前から、若者層を中心に政治的無関心が広がり、それに伴う投票率の低下で、民主主義の機能不全が懸念されていました。期待が持てないから投票に行かないという現象は、日本だけではなく、他国でも同じく起こっています。そこで、硬直化した民主主義に「抽選制」を導入することで、より多くの人々が政治を真剣に考えるのではないかという考え方が出てきました。いわば「くじ引き民主主義」とでも言えるものですが、一体どんなものなのでしょう?

1970年代からドイツやアメリカの自治体では、抽選で選ばれた市民陪審員が政策作りに参加しはじめました。カナダのブリティッシュコランビア州では住民投票前の討議のメンバーに、デンマークの最新科学技術を一般の立場から評議するコンセンサス会議の議員選出に、抽選制が用いられていました。

これらの流れは拡大することなく立ち消えたりするケースも見られました。そこからしばらく時間をおいた2010年、ヨーロッパの北方にある島国アイスランドで目立った動きが見られました。ここで新憲法制定会議のメンバーの一部が抽選制の市民で選ばれることが決定したのです。そして2年後の2012年、同じくヨーロッパの島国アイルランドでは、憲法改正内容を討議するメンバーの過半数が抽選制の市民となりました。

こうした動きを受け、フランスのシンクタンクがある提案をします。議員不足に悩む地方自治体の10%をくじ引きで選んでみてはどうか、というものです。さらに2019年、ヨーロッパの大国であるフランスのマクロン大統領が、選挙改革や議員定数削減、地方分権推進といった政治改革提案演説の中で、経済社会環境評議会のメンバーの一部を一般からの抽選制にしてはどうかと提案したのです。

フランスでは黄色いベスト運動で政治や経済のエリートたちが痛烈に批判されました。またフランスのみならず、アメリカなど、全世界的に支配層を非難するポピュリズムが台頭し、民主主義に失望感が広がっていることを露呈しました。そこを打開しようという意図から、フランス大統領からくじ引き制の提案がなされたのでした。

くじ引き民主主義は、古代アテネの執政官やイタリアの都市国家でも見受けられましたから、歴史的にいえばいきなり出てきた手段ではありません。一方、日本でくじ引きといえば神意を問うことが基本で、室町幕府の将軍の後継者を決定する際に用いられた例もありますが、市民参加の意味は含んでいませんでした。

民主主義の根幹とも言える選挙制度ですが、運用が硬直化していき、世界中で制度疲弊を起こしているのかもしれません。この状況を打破する手段として、民主主義世界を生きる私たちは、選挙だけではない、抽選制という民主主義の道もあることも知っておきたいものです。

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