Writingsコラム

ジェンダードイノベーションで従来品を見つめ直す

従来、私たちの生活を取り巻く環境や製品は、成人男性のデータを使って構築されていました。しかし男女の体格や体質など、性差の違いを見過ごしてしまうと、生命が危険さらされる事例があることがわかってきました。こうしたわけで現在では、一方に偏ることなく性差を考慮していくのが世界標準となりつつあります。性差による不具合の解消することで世界を再構築する、ジェンダードイノベーション(GI)について知っておきましょう。

ジェンダード(gendered)は「性差に着目する」という動詞です。生物学的な性(セックス)と社会的な性(ジェンダー)の差を研究し、その結果を研究開発に取り入れる考え方は、2005年アメリカ・スタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授が提唱し、主に欧米を中心に、医療品や工学分野で広がり始めました。

月経や妊娠などがないオスの個体のみを使い、臨床実験も成人男性のみで作られた薬は、女性や子供のデータを考慮していないため、副作用の発現率や吸収率が異なり、時に生命に危機を及ぼすことがありました。また、自動車のシートベルトでは、男性の骨格を模した人形でのみ衝突実験のみを行なってきたため、女性ドライバーが重傷を負う確率が男性よりも47%も高いというデータも確認されました。ジェンダードイノベーションが、生命を脅かす分野で真っ先に着目されたというのは当然の流れかもしれません。

性差による体格の違いを考慮した仕様変更を農業機器に取り入れた日本のメーカーが、女性ばかりではなく高齢者にも「使いやすい」と好評を博したという事例があります。成人男性よりも力が弱く、体格も小柄であるのは、何も女性ばかりではありません。高齢者も対象となるのは必然です。特に農業は高齢化が進んでいるため、こうしたジェンダードイノベーションが進みやすいのかもしれません。

逆に男性が家事や育児に参加する場合、女性向けに作られているために使いにくいといった不具合も生じています。キッチンの高さや育児用品の開発に成人男性の視点を取り込むこともまたジェンダードイノベーションにつながり、誰もが使いやすいユニバーサルデザインの製品となることでしょう。

こうした中、お茶の水女子大学が2022年にジェンダードイノベーション研究所を設立。女性の置かれている状況の改善だけではなく、性差を考慮した視点の社会全体への浸透を目指しています。今後、研究所が中心となって産官学をつなぎ、ジェンダードイノベーションを推進していく役割が求められています。

2023年度のジェンダーギャップ指数では、日本は146カ国中125位と、前年の116位から後退しています。男女差のある社会システムを変えていくことはもちろんですが、見方を変えればジェンダードイノベーションを待つ市場がたくさんあるということです。性差を超えたフラットな視点で、身の回りの困りごとを見直してみると、いい企画につながるのかもしれません。

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